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シネマの論理 「泣ける」のシステム

かっこよさそうな名前をつけただけで、別に内容とは関係ありません。映画ネタなのはそうなんですけど。
今は忙しくて(一昨日気づいた)映画を見てる暇なんてないんですが、二月頃から映画のレビューとかなんとかやろうと思っています。その前に一つ、いつもは主張したり絶対しないんですが、せっかくなんでこのひっそりしたトコで一人吼えてみたり。

「泣けるよ」とお勧めされた映画はあまり期待しないで見ます。

何故かと言いますと、別に俺は泣きたいから映画を見るのではないからです。
泣けることを強調されても困ります。
しかも「泣ける」って。なにゆえ可能表現なのでしょう。まるで俺が泣きたいと思っていると言わんばかりです。「キミのニーズに応えてあげるよ☆」みたいな。俺はそんな妙ちきりんな人間ではございません。泣きたいから映画を見るなんて狂気の沙汰です。
極論ですか。俺もそう思います。暴言ですね。俺もそう思います。
しかも偉そうですね。俺もそう思います。

いわゆる「泣ける」映画をお勧めするときは、是非「私はこれ見て泣いちゃったよ」と言ってください。
なにが違うんでしょう。わかると思いますけど。
前者は「泣きたい」ありきです。
でも後者は「泣きたい」から映画を見たのではないのです。言葉尻を捕らえた屁理屈に聞こえるかも知れませんがそうなのです。発話者がなにを思っていても、俺はそう受け取るのです。
映画を見て、何かが喚起され、その結果泣いた。
それがいい。そんな映画をこそ俺は見たい。これは「これこそが映画である」というようなランク付けでなくて、ただの俺の好みですが。
何かが喚起された、その結果「泣いた」。これはとても素晴らしいことです。「泣ける」とはまた違う。違いすぎる。誰かわかってくれないかなぁ。

何故こんなことを言い出したのかというと、特にここ数年、恐ろしいほどの「泣ける」ブームだからです。それと「愛」。俺がそれを意識しだしたのはセカチューからですけど、もっと前からですねきっと。
「泣ける」映画のなんと多いことか。今のブームは恋空ですか。もう恋空は過ぎちゃいましたか? まだまだイケますか?
俺は「今日は泣く日だ!」と映画館に行きたくはありません。「面白い映画を見付けに」行くんです。
コメディは笑うだけではありません。泣いたりもします。アクションは格好いいだけではありません。謎もあります。ミステリは謎だけではありません。笑いもあります。もちろん「泣ける」映画だって「泣ける」だけじゃないんです。どの映画だって一つの要素では語れないんです。「泣ける」映画からいったいなにが引き出されるんでしょうか。それは見た人によって違っていいはずです。
しかし「泣ける」と紹介されたら、その映画の可能性は急に狭くなる。「これは泣ける映画なんだ」とすり込まれる。「泣ける」という点に集中してしまう。これはとても悲しい。
そんなの俺が気をつければいいだけの話です。「泣ける」に集中してしまう俺が悪いんです。頑張れば他の要素を見付けることなんて簡単なハズなんです。
でも俺にはできないんです。そんなのイヤなんです。わがままだってわかってます。
でも「泣ける」と言われると、これは泣くための映画だと言いたいんだね、と俺は思ってしまいます。
そんなのイヤなんです。

乱文悪文失礼しました。ゴメンナサイ。
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