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有限無限パラドクス"2"

5.事件発生何日か前
 男は真顔で僕を見た。
「なにかおかしいかね」
「おかしいところだらけじゃないか! あんたの言っていることにどこか信憑性の高い点があればこっちこそ教えて欲しいね! 1065年? 監獄? 未来の事件? 被験者? しかも殺人事件の犯人が僕らだっていうんだから、はっ! どれもこれも、なにもかも筋が通っていないじゃないか」
「わかりにくいのは重々承知だ。説明する」
「いらないから今すぐ帰してくれ! 第一、あんたの話しぶりじゃ何かの実験を行うらしいが、僕らの同意も得ないままに拉致監禁するつもりなら出るところに出るぞ」
「その結果、君らが大罪人になることがわかっているから、是が非でも止めることを私はお勧めするよ」
「なんだって?」
 頭に血が上った僕の肩を、竜兄が押さえた。
「まあ待て。勝てない喧嘩はするもんじゃないぜ。土木作業でどれだけ鍛えられてるかは知らないが、そこのオッサン達に勝てるとは思えないな」
「知るかよ」
「それよりも頭を使えよ鯨司。まず、尾立本さんの話じゃ、裏には国家ないしそれと同程度の組織がついていると考えられる」
「犯罪をもみ消せるからか? はったりもいいところじゃないか」
「もみ消すんじゃなくてでっち上げだ。しかも相当の自信がありそうだな。そんでもって、この尾立本さんの話を信じるとすれば、おそらく彼は未来人だな」
「そうだろうな」
 僕は苛つきを抑えながら、姿勢を正す。竜兄がペラペラ喋るおかげで、意識が落ち着いてきた。把握すべきは現実。要求を押し通す方法を模索するのはもっと後だ。
「で、そう言うことでいいのかい」
「まぁ、構わん」
「未来人?」
「そうだな」
「俺たちの時代には拉致監禁されて、未来の事件で有罪になる法律は無いがね」
「だろうな。実験の結果、《ホームズとワトソン》のせいで殺人が起こると断定されると、そのような刑ができる」
「事後法で俺たちを裁くのか?」
「まあ待って、御剣探偵。いいかい、タイムマシンというシロモノができたおかげで、時間はもはや意味を為さなくなった。事後法なんか、あってないような言葉さ」
「しかし待てよ。俺たちが実際に手をかけたわけではなく教唆したわけでも幇助したわけでもなく、ただそこにいるだけで罪ってのは成立するものかね?」
「そのようなことは裁判屋に訊いてくれ。この実験中にたっぷり時間はあるのだから」
「つまり?」
「君らがいて殺人が起こるという仮説ができた。であれば、君らがいなかったらどうなるのか、を調べる。我々は2112年の調査機関で、主に凶悪犯罪について調べている。過去五百年間の犯罪統計を取った結果、猟奇殺人に分類されるものの88パーセントが、君ら《ホームズとワトソン》の関連した事件だとの数値が得られた」
「2112年には、猟奇殺人なんて事件分類があるのかい」
「うむ。定義としては、一見するとおよそ不可能な状況下での殺人、または巨大な密室で起こった連続殺人のことだ」
「具体例を」
「前者は、いわゆる道ばたで刺されるような現実的な犯罪ではなく……ふん、殺人に現実的とはまた、妙な物言いをしてしまったものだ……その状況に置かれている人間にとって、時間的、地理的、物理的、心理的に《不可能犯罪》と呼ばれるもので、小説の中ではトリックなどと言って用いられている。狭義の意味での密室殺人や、大がかりな機械トリックを用いたものが上げられる」
「具体例」
「ほぼ全ての密室殺人と、不動高校の生徒が関連したいくつかの事件だ。聞いたことはあるんじゃないか。十年ほど前だが」
「校舎に関しては?」
「20世紀に人狼城と呼ばれる城で起きた事件。また、日本のオペラ座館で起きた事件。特徴的なのがこいつで、なんと三回も事件が起きた。同じ探偵のいるところで、同じ舞台で、連続殺人がね。君らが知っているなかじゃ、これらがメジャーだな」
 竜兄は、頭の中の事件概要と照らしあわせているのか、しきりに手を擦りながら何かを呟いていた。僕は男が何を言っているかすらよくわからずに、ただ座って、竜兄の行動を見守るだけだ。ふと竜兄は独り言を止めると、なんどか頷いて、
「よし、納得はしてないが理解はした」
 そういった。
「納得はしてもらうしかない。とにかく、以上のプロセスを経て、我々はさっきの結論に達したわけだ」
「ふむ」
「ただしあくまで数字上の結果だ。だから今から調査する」
「さっき言ったことか」
「そう、君らが事件発生前にここにきたことで、後におこるはずの事件が発生するかどうかを見る」
 ああ、予想はついていた。今までの会話を全面的に信じれば、その答えが出ない方がおかしい。全面的に信じれば。あいにく僕はほとんど信じてはいなかったので(彼の名前すら)予想はついていても、あえて無視することにしたが。
「納得は絶対しないがね。理解はしたよ。さて、話を移そう。ここからはややこしくなるから、できるだけ簡潔にききたい。タイムマシンがあるなら、どうしてこの実験をするんだ?」
「そこまで理解が追いついているなら話は早い」
「必要がないだろ?」
「さてね。まずわかって欲しいのは、私は時空物理学の専門じゃないということだ。タイムマシンはとても複雑な理論構築と斬新なアイデアから成り立っていて、発明したのは私で無いからして、私は君の質問に答えられるような知識は持ち合わせていない。だから一般的に説明すると、タイムパラドクスを起こさないようにしている、と考えてもらって構わない。詳しく知りたければ、これから案内する部屋に資料があるから読んでみるといい」
「資料が?」
「ああ。タイムマシンのだけじゃなく、全ての資料がある。全ての、とはつまり、人が記録という作業を発見し、それを残しだしたその最初から、未来永劫までの全ての、ということだ。簡単に言えば、無限にある」
「無限に」
「ああ、全てデータにして、検索できるようにしてあるから心配する必要はない」
「2112年には、無限大のデータが保存できるようなわけのわからない発明があるのか?」
「そうじゃなくて、各時代に実在した諸記録実物に、リアルタイムにアクセスしている。だから、保存しているのではないな」
「過去、未来にリアルタイムで?」
「わからないかね。まあいい。時間や世界に関する新しい概念は得てして受け入れにくいものだ。話がそれたな。とにかく、我々の言いたいことは理解していただけたように思うが。少なくとも御剣探偵は」
「何度も言うが、理解はしたが納得はしていない」
「結構。何度も言うが、納得はしてもらうしかない。そしてこれから調査終了まで、君らはここで与えられる一室で過ごしてもらう。調査の結果、事件が探偵不在でも発生したなら、君らは何か理解しがたい力……運命とか宿命とでもいおうか……そんなので、事件を解決するためにそこに使わされた、と我々は判断せざるを得ない」
「まだ協力するとはいっていない」
「無論、断るという選択肢もある。その先は保証しないがね」
「もし、事件が起きなかったら?」
「死ぬまでこの中だ。ここがホテルから監獄に早変わり、というわけだな」



6.タイムマシン議論
 と、まあ、これがあらましだ。非現実的? そんなのは何度も何度も心の中で繰り返し、何度も何度も竜兄に訴えた。言ってて自分がイヤになるほど。
 彼の返答はこうだ。
「俺にとっての関心事は、現実的かどうかよりも、論理的かどうか、だよ」
 誰のパクリだよ。
「そしてまあ、アナル、もとい坑丸の説明は、ある意味で一貫しているように思えるね」
 どこがだよ。それきり、竜兄は部屋に置かれていた書籍型データベースをいじり初め、僕は部屋を物色して見付けた紅茶を飲みながら、昨日の夜をムダに過ごして現在に至るわけだ。現在と言うのは、2012年から遠くさかのぼった1065年現在、ということだけれど。あくまで、奴らの話を信じるなら、も加えておく。部屋に置かれていたのは書籍だけでなく、テレビもパソコンもゲーム(データ形式で古今東西上下無限の種類のもの)も映画(同上)も音楽(同上)もあるが、そのほとんどに興味が無い僕にとっては無いのと一緒だ。竜兄には特定の一種類がクリティカルヒットしたようだけれど。何せ飯を食う間も水を飲む間も惜しんで読み続けている……今読んでいるのは、タイタニックに関する真実の記録のようだ……彼に取っちゃ、あの小さな書籍型データベースは宝の地図のようなものに違いない。かじりついて離れない。見かねた僕が、せめて水分は取るように言ったら、無言で蛇口に向かって手で水をすくってのみ、シャツで拭きながら戻った。コップを使う時間すら惜しいというのか。むしろコップを使った方が速いんじゃないのか。そんな疑問は彼にはとうてい届くものではなかった。昨日は邪馬台国の場所が明らかになっている、切り裂きジャックの犯人は2088年の犯罪者だった、等とはしゃいでいたが、今は結構おとなしい。それほど面白いのか、それとも……他に何か理由はあるかな。つまらなくても本を読み続ける理由。まあいいか。僕は紅茶を口に含んで、思考から竜兄を追い出した。この部屋は僕らの時代に似せて作ってあるようだが、少なくとも料理に関しては彼らは最低の一言に尽きた。冷凍食品とカップ麺。それからティーバッグが一箱とココアの袋が一つ。これだけ。不健康にもほどがある。隅の監視カメラのような出っ張りに不満をたれてみたが、反応が無い当たり、彼らには僕らを監視するつもりはあっても管理するつもりは無いようだった。いや、あの出っ張りがカメラでない可能性もそれなりにあるのだが。
「竜兄」
「あん?」
「奴らの説明のどの部分が一貫してるのかを教えて欲しいんだけど」
「後でじゃだめか。今いいとこなんだ」
「暇だものさ」
「俺は暇じゃない……まあ、いいだろ。ただしその結果、一つの謎に行き着くことになるが、その先は俺は知らないぞ」
「いいよ」
「よし。まず大前提だ。奴らの話を全面的に信じること」
「そりゃ難しいな」
「その上で一貫してるんだからしょうがないだろ。俺たちが新しい概念を受け入れられなきゃ、そもそも奴らの一貫性がどうのなんてのは戯れ言だ」
「わかった、わかった」
「もしタイムマシンが発明されて、過去の統計を調べて、坑丸の提示したような結果が出たとすれば、誰か一人でも、俺たちに原因があるとかわけのわからない仮説を立てたとしても、俺は驚かないね」
「そうかな」
「もちろんだとも」
「それ以前にさ、タイムマシンの発明って理論上不可能じゃなかったのか?」
「前提に疑問を挟むなよ……母親殺しのパラドクスや、未来人の機密などの理由で、現在タイムマシンは実現不可能だと言われているが、まあ、人の心みたいなファジーな部分が関係するから、そういったものについての反論も一応ある。それを考慮すれば、パラドクスを起こさずに時間旅行することも不可能じゃない。たとえば母親殺しのパラドクスは、そもそも母親を殺すことはできないという説がある。この宇宙にはアカシックレコードというものがある。過去から未来まで全ての情報がインプットされている、というような便利なシロモノだ」
「その書籍型データベースみたいな?」
「それだけじゃなくて、もう全てだ。記録されえない、人のわずかな感情の揺れや言語かできない抽象的なものまで全て記録されている」
「じゃあ、読めないんじゃないか。そんなものあってどうするんだ?」
「あってどうするのか、は置いておくとして、アカシックレコードを読むことができるのは魂の状態の時だけだとされている。現在は魂と直接会話する手段がないから、アカシックレコードの信憑性は薄い。かといって無い、っつうのも証明できない。悪魔の証明だよ。とにかく、アカシックレコードには全ての歴史も記録されいて、タイムマシンができるのもそれを用いて誰かが母親を殺しに行こうとするのも歴史の一部になっている。母親殺しのパラドクスとはつまり、母親を殺す、するとその誰かは生まれないことになるので、母親を殺しに行く誰かはいなくなる。そんでもって殺しに行く誰かは現れないから母親は死なない。母親が死ななければ誰かさんは生まれるから、そいつは母親を殺しにいく……ってなもんだが、殺しに行こうとしたそいつが歴史的事実として記録されているからして、母親が過去で死ぬことなどあり得ないわけだ。わかるか? つまり、現在そいつがそこにいる時点で、母親殺しのパラドクスなんて起こりえない、っていうことだよ」
「でも、そのアカシックレコードとかいうのは、存在が確認されていないんだろ?」
「そうさ。だからこれも仮説には違いないが、支持するにはちょっと乱暴だな。実際データベースで検索したが、これを理論的に、でなく、実際的に証明するような資料は存在しなかった。母親殺しのパラドクスは、どうやらタブー扱いになっている」
「タブー? どうして?」
「まず順序を追って説明すると、タイムマシンの開発にはある前提が必要となる。世界HDD内理論だ。2058年に発表された画期的な理論だよ。この宇宙は過去から未来まで、いわゆる一つの記録能力と演算能力を持った何物かに納められて処理されているのだ、という概念を理論的に証明した。理論的に、ここ大事」
「ちょっとまって、竜兄。よくわからない」
「この宇宙はパソコンの中にあるんですよってことだ」
「それはマトリックスとか、そういうものじゃなくて」
「似たようなもんだよ。厳密には違うけどな。それをふまえて、2077年にタイムマシンが発明された。宇宙がHDDなら、そこを飛び回るのは容易だからな」
「容易なんだ」
「ああ。そんでもって、宇宙HDD内理論は、近い年代からそれ以降では唯一母親殺しのパラドクスに言及している。いいか、宇宙が1と0、それで計算されていると考えるのが基本だ……それによると、パラドクスとは一種のブラウザクラッシャーのようなものだと考えられる」
「ブラウザクラッシャーって、あのパソコンがフリーズしたりする?」
「そう。ブラクラ。子供が母親を殺す。コンピューターが計算する。子供が生まれなくなる。コンピューターが計算する。母親が死ななくなる。計算。子供が生まれる。計算。子供が母親を殺す。計算。生まれなくなる。計算。死ななくなる。計算。生まれる。計算。計算。計算。答えは出ない。いずれ宇宙はメモリを使い果たしてパンクする。再起動? どうやって? そういうことだ。宇宙が停止してしまうかもしれない、そういった可能性がある。だから触れてはいけない。タイムマシンは厳密なる検査をパスした特定の人間しか使っちゃいけませんよ。ええ、もちろん。パラドクスが起きて宇宙が停止しちゃったらどうすんのってな具合にね。試すことができないから、この理論は否定できない。だからこれは重大な禁則事項になった」
「頭が痛くなるな……ん? まてよ」
「どうした」
「奴ら、矛盾してないか」
「言ってみろ、いや待て、水が欲しい」
 竜兄は急いで蛇口まで言って、いつものごとく、水を飲んで戻ってきた。
「竜兄、今の理論が正しいにしろ正しくないにしろ、だぜ。未来ではそれが金科玉条になってるってことだよな」
「だな」
「だとすると、だ。今回の調査とやらの結果、もし殺人が起きなかったとするだろ。もちろん起きないに決まってるんだが、すると本来殺されるはずの人間が生き残ることが考えられる。そしたらその人間が、たとえば坑丸の先祖を殺してしまうことはありうるだろ」
「無いことはない」
「どんな小さな可能性だって、無限大だぜ」
「よくわからんが、まあいい。確かにそれは俺も考えたよ。俺の意見は別にして、たとえばこう考えてみよう、鯨司。俺が検索した文章データはざっと五百年後当たりまでだが、それより先の未来に、母親殺しのパラドクスが解明されている場合がある。そうすれば、奴らはパラドクスなんて気にしなくていいだろ」
「でも、ないんだろ」
「俺が探した限りは、だ。なんなら自分で探してみろよ」
「俺に本読めって? 馬鹿言うな」
「データを読め」
「うるさい」
 風向きが怪しくなってきたので、僕は空のコップを持って新しい紅茶を淹れに行った。結局話は母親殺しのパラドクスに終止して、奴らの説明のどこが一貫してるのかがわからない。竜兄にはぐらかされたように感じる。引っかかるところは無数にあるが、その中で最大級の違和感を探すと……そうか。
「竜兄。昨日、タイムマシンがあるならこの実験は必要ないって言ったろ?」
「言ったな」
「あれ、どういう意味?」
 書籍型データベースを手に取ろうとしていた竜兄は、ため息をつきながら、
「おめでとう。君はようやく最初の質問に戻ってきたよ」
「一貫性について?」
「そう。今話を打ち切られたときはホントどうしようかと思ったぞ」
「いや、ごめん。難しい話は苦手なんだ」
「じゃあ行くか。奴らの話じゃ、目的は俺たちがいないことによって殺人が起こるか起こらないか、を調べるのが目的だな。その意味じゃ、奴らが俺たちをこの時代、この場所に連れてきた理由はたやすくわかる。なんだと思う?」
「1065年、どこともわからない場所に?」
「そうさ、別に1065年じゃなくてもここじゃなくてもいいんだが、ようするに、俺たちが事件に全く干渉できないところに連れてきたんだ。何しろ千年前だから、関係者は誰も生まれてないからな」
「ふん? それが一貫性に関すること?」
「奴らは俺たちが殺人を引き起こすと考えているから、そういう意味で一貫している」
「でも、質問の答えにはなってないだろ」
「その通り、考えるとややこしくなるが、さっきも言ったとおり、最後に一つ謎が残るから、話を聞いてすっきりできるとは思うなよ」
「わかってるよ」
「俺が調査は必要ないって言ったのは、奴らの常識に立って考えてみればごくごく簡単に予測のつく範囲のことだ。すなわち、今ここで坑丸達が調査して、その結果を記した資料が未来に残っているのだから、この調査をしなくても、データベースをあたれば結果は出るんじゃないか、ということ」
「ん?」
「やる前に結果がわかってるってことだ」
 理解するのに少し時間がかかった。ようやく次第をつかみ始めると、僕の頭はこんがらがり始めた。
「じゃあ何故、奴らは調査をするんだ?」
「パラドクスだよ、鯨司。しかもとびきり奇妙なパラドクスだ」
「パラドクス」
「さっきの母親殺しのパラドクスの伏線を活かすためにも、繋げて考えてみよう。奴らが調査開始した日付が昨日だとするだろ。すると、その記録がデータベースに残っていなくちゃならないが、もし奴らがデータベースを見て調査をしなかったなら、その資料は存在しないことになってしまう」
「作られないから」
「そうさ。だから奴らは結果を知りつつも調査をしなくちゃならない。すなわち、母親殺しのパラドクスは解けていないということになる。わかるか? だがそうすると、さっきお前が指摘したある問題が浮かび上がる」
「坑丸殺しの問題」
「みたいなものだ。考えてみろよ。奴らが調査しているのは歴史が変わるか変わらないか、だぜ? 殺人が起きるか起きないかだ。問題は振り出しに戻る。パラドクスが解けていないにもかかわらず、奴らはパラドクスが起きる危険を冒している。何故だと思うよ、鯨司」
「解けていないにもかかわらず、起きる危険性を侵している」
 反芻して考える。一つの問題は、今ここに自分たちがいるのだから、宇宙がフリーズしている、という事態には陥っていないわけだ。フリーズしたらいったいどうなるのかは見当もつかないが。
「じゃあ、パラドクスは起きないと信じてるんだ?」
「そんなとこだろうな」
 竜兄は意外にあっさりと肯定した。
「順序を追えば簡単だ。奴らは探偵が事件の原因だと考え、今やっているような調査をしている。宇宙が未来永劫続いているから、その調査の結果はすでに存在している。つまりこの調査の結果、俺たちがいないことによって事件が解決しなかったにしろ、俺たちがいないことによって事件がおきなかったにしろ、それがパラドクスを引き起こすことは無い、という結論が出ている。だから調査をする必要はない。パラドクスなど起こりえないことがここで証明されたからだ。だが奴らは調査をしている。何故だ?」
「自分たちが調査をしなかったことによって、パラドクスが起きるかも知れないから」
「おそらく。しかし奴らがやっている調査自体は、パラドクスが起きる危険性を秘めている。にも関わらず奴らは平然と調査を続けている。パラドクスが起きないと確信しているようにしか見えない。しかしパラドクスが起きないのなら、彼らはこんな調査をする必要はない」
「パラドクスのパラドクス」
「ゲシュタルト崩壊が近いな。そもそもの問題点はここだ。奴らはする必要がない調査を何故しているのか?」
「確信していても、パラドクスが起きるかもしれないのは怖いんじゃないのか」
「いいや、違うね。俺の考えだが、パラドクスは探偵論理的に起こりえない。なぜなら、タイムマシンが発明されて以後、パラドクスを引き起こしうる出来事が起こらなかった可能性などゼロだからだ」
「え、なんだって」
「パラドクスが起きるような事件は確実に起こっているってことだ」
「何故? 可能性の問題ならちょっと弱くないか」
「可能性は無限大ってだれのせりふだよ。いいけど。良く思い出せよ。俺が昨日言ったよな? 切り裂きジャックの招待は2088年の犯罪者だぜ」
 賢明なる読者諸兄はお気づきのことだと思うが、先ほど僕による竜兄の描写の中に、それが伏線として頑と存在している。どんなにばかげた描写でも、一応は伏線になっているからして、馬鹿にせず読み進めてもらいたい。
「ええと」
「事例が一つあれば十分だ。切り裂きジャックが起こした五つの事件の一つでも、後にタイムマシンに関わる人間の命運を決しなかったとしても、だ。他に似たような事件が起こるかどうかの可能性は無限大だ。仮に0.1パーセントだとしても、それが未来永劫続いてるとすれば、鯨司、無限大になる。可能性だけで考えれば、過去のどこか、あるいは未来のどこかで人類が一人もいなくなってしまう時代があってもなんら不思議じゃないわけだ。無限の《過去で犯罪を犯す人間》が存在する可能性が無限にあるわけだからな。もしこの無限大のデータベースを検索したとして、そういった事例がただの一件も出てなかったなら話は別だがな。ジャックが存在する以上、母親殺しのパラドクスは存在し得ないわけだ」
「なんとなく理解できる」
「すなわちパラドクスは起きないのだからして、奴らは必要のない調査をしていることになる。何故だ? それが残った問題だ」
「それについては」
「さっき言っただろ? 謎が一つ残るって」
 どうやら話はそこで打ち切りのようだった。
 僕はしばらく事態を整理するのに時間を費やしたが、やがてふと思い立ち、書籍型データベースを手に取ってみた。ある事柄を検索。
 今回の調査に関する資料は、どこにも存在しなかった。
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