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東京雄飛ヶ丘ボヘミアン1「第一次接近遭遇」a

 道がやっとこさ平らになったところで、高池雄作はいい加減疲れ果ててしまった。バス代をケチったのがそもそもの間違いだ。駅員の『バスで五分だよ』という言葉に騙されて、徒歩でもすぐにたどり着くだろうとたかをくくってしまったのだ。
 たしかに駅員の言葉は間違っていない。バスに乗れば五分でつく。
 しかし徒歩となると、延々と続く緩やかな坂道を、四キロはあるスーツケースを引きながらのぼらなければならない。それは思ったよりとても辛く、まだ三月の寒い時期だというのに彼の体は汗だくだ。腕は腫れ上がって、息も絶え絶え、足取りはおぼつかない。
(体力には……自身あったのにな)
 しかし、人通りの少ない所なのが幸いであった。とても見られたい光景ではない。都市開発で無駄に広くなっている歩道をフラフラ、スーツケースに振り回されるように雄作は歩き続けた。
 目指す所まで、後十分はかかるだろうか。
 しかし十メートルも行けば、また上り坂だ。
 死んじまうよ、と思わずこぼした彼の目に、ふと一つの看板が飛び込んできた。
『Salon La Boheme』
「サロ……ン、ラ……ボヘメ?」
 雄作は周囲を見渡す。この昼下がり、平日だからかしらないが、人の気配はない。それが理由だろうか、この看板を掲げる一件のティーハウスがとても浮いて見える。
 まるでどこか知らない世界からこの世界に入り込んできたかのような……
「いや、ないわ、それ」
 自分の突飛な考えに突っ込みを入れ、雄作は首を振る。ここは政策によって作られたベッドタウンだ。きっと昼間は専業主婦や主夫、そして夕方には仕事帰りのサラリーマン達が寄るに違いない。ここに店があってもなにもおかしくはない。
 しかも、今の雄作にとっては砂漠のオアシスの様なものである。最後の力を振り絞って、彼は店のドアの前へとスーツケースを引っ張っていった。
 OPEN、上等。ドアを開けると、中から暖かい空気が漏れ出て汗だくの頬を撫でる。鈴が鳴って来客を告げる。木造を模した古風な内装が視界を覆う。そして、
「いらっしゃいませー」
 テーブルの一つを拭いていた若い女性が、こちらを向いた。
「どうぞ、お好きな席へ」
 雄作は女性の笑顔を尻目にいそいそと窓際の席へ向かった。差し出されたメニューから適当に選び、灰皿があるのを確認するとタバコに火を点ける。店内は女性一人、客はいない。ヒーリングミュージックが小さく流れている。大きく煙を吐いて、雄作は背もたれに寄りかかった。
(……疲れた)
 ジャケットを脱ぐのもだるい。
 汗で額に張り付く前髪をかき上げたあと、携帯電話を開く。高校の友人から一件、届いていた。
『もう着いた? 住所早く送ってくれー』
 無言で返信を打つ。まだ着いていない旨、寮だから部外者は泊まれないんだよ残念だったな俺がオマエのとこに泊まりに行くからむしろ教えろ、送信。
 ガラス張りの向こうを、車が一台走っていった。
 携帯電話を置く。
 タバコを吸う。
(……なんか想像と違うな)
 田舎から出てきた雄作の東京のイメージはもっと煩雑で、どこもかしこも電車の音とひしめく人間で溢れかえっているはずだった。それがどうだ、今彼は、下手をすれば地元よりも田舎にいる。雄飛ヶ丘に来て初めて見た女性、つまりここの店員はケバケバしい化粧などで決めていない牧歌的な雰囲気の持ち主だし。もちろんそういったことは彼の偏見に違いないのだが、
(あんま田舎と変わんないじゃないか)
 それが感想だ。
 その店員が、トレイにコーヒーカップとサンドイッチをのせてカウンターから出てきた。
「お待たせしましたー」
 テーブルに並べていく、なにとはなしに観察してみると、まず『緑』という言葉が頭に浮かぶ。彼女が来ている服が緑系の穏やかな色なのも髪が少し緑がかっているのも原因だろうが、
(なんてのかな、高原に住んでそうな)
 都会にいるより自然の中で生きていそうな、どちらかと言えば珍しい雰囲気だ。少し細めの目がちらりとこちらに向いたので、思わず雄作は顔を背けた。
「ごゆっくり」
 メール着信。
 なんだか顔を背けた理由付けができたようで、少し安堵しながら携帯電話を開く。思った通り、先ほどの友人からの返信だ。内容は、そんなの無視しろよ東京行きたいんだよこっちつったって地元だしそもそも住所しってんじゃんいいから教えろ、と言ったようなことが簡潔にまとめられている。
 タバコの火を消して、ラテを一口飲んだ。
 車が再び通りすぎた……かと思えば、どうやらここの駐車場に停まったようだ。
 一分もしないうちに、入り口の鈴を鳴らして男が入ってきた。
「ただいまー……と。いらっしゃい」
 中から女性が出てくる。
「おかえり」
「京子ちゃんは四時からだっけ。いやすまん、忘れてて時間かけちまった」
 男は頭を掻きながら、右手の大きなビニール袋二つをカウンターに置く。
「買えるうちに買っておかないとな」
「あらら……冷蔵庫には入らないわ、これじゃ。地下に入れておいて」
 男は頷く。
 二人が買ってきた商品をより分けるのを、雄作は目の端で見ていた。どちらも若い。若く見える。夫婦に見えなくもないが、恋人、もしくはそれに近い関係がしっくりくる。軽口を叩きつつ、目で言葉を交わしつつ作業を続ける二人はとても仲むつまじく、彼は心なしか気恥ずかしくなってくる。
(住所は一応教えるから、来るときは事前に連絡しろよ。泊まれませんでした、ってなっても知らないから)
 メールを送信。二世代前の携帯電話だが、新型は売れ行きが好調のようで未だに手に入らない。そもそも雄作には、そういった贅沢品を買うような余裕は持ち合わせていない。
『送信完了』
 ディスプレイに浮かび上がった文字を確認して、彼は携帯電話を閉じた。
 カウンターに目をやると、男と視線が合った。突然のことにとまどってしまい、慌てて顔をそらす。再び窓の外。動きは無い。本当に人通りの少ないところだ。外はきっと、さっきまで歩いていたときと同じように静かで寒いのだろう。
 コーヒーを飲み干す。
 タバコに火を点ける。油断したか、思わず咽せてしまった。息が苦しい。喉が痛い。ひとしきり咳き込んで、雄作は目に浮かんだ涙をぬぐう。三ヶ月前、格好つけに吸い始めたタバコはいつしか美味くなり、手放せなくなりつつある……長生きできない、それはきっとそうだろう。しかしこの時代に長く生きることの意味がどこにあるだろうか。
 かちゃん。
 テーブルに皿が置かれていた。
 そばに、男が立っていた。
「……えーと」
「サービス。引っ越してきたんだろ?」
 頷いたものか。皿に乗っているのはショートケーキで、どうやら買ってきたものらしい。
「誰か知り合いがいるなら、ここの坂を歩いて上るはずないからな。ま、ごひいきにってこと」
 雄作は考える。サービスというなら、金は取られない。見た感じぼったくりのような店でもない。ついでに腹が中途半端にふくれ、どうしたものか考えていたところだ。
 結論。
「ありがとうございます」
「なんの。ゆっくりしてってくれ」
 
 続く
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