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たたっき

 同時刻、ヒマキこと日高マキの張り手が、学校と駅の間にある繁華街で炸裂した。
 本人すら驚くような大きな音が響いて、通りすがりが数人、顔を三人に向けた。
 食らったのは灰羽廉治だった。十五分前まで、マキの彼氏だった男である。その隣には見知らぬ少女。ここまで書けば察しはつくだろうが、今このとき、マキは裏切られたことを知ったのであった。
 廉治はあっけにとられたように口を半開きにしている。隣の少女も驚くほど廉治と似た表情をしている。マキは、むしろ殴った手が痛くて涙を目に溜めていた。
「な……なにこいつ。あっぶね」
 廉治がうめいた。彼の頬にはみみず腫れのような赤い模様が浮かび始めていて、それまで世界一格好良く思えた男の顔を見にくくしていく。
「ねぇ、誰?」
 隣の女が眉をひそめる。廉治とこの女が一緒にいるのを学校で見たことはない。それによくよく観察すると、自分たちとは二つ三つ年上のようだ。マキと趣向の違う派手で露出の多いファッションで、遊び慣れている風である。
「しらねえよ。行こう……クソ、ケチついちまった」
 脇を歩いてゆく二人。マキはそれを見送ることができず、顔を伏せた。くたびれたアスファルトが涙で歪み、野次馬の放つ同情と好奇心と無責任の奔流が耳から入って胸をえぐる。口は固く結ばれているが、怨嗟の言葉が溢れんばかりで、少しでも気を抜けば所構わず叫んでしまいそうだった。
 生まれて十六年。初めての男であった。
 
 日高マキを最初にヒマキと呼んだのは、高校に入ってできた同じく最初の友達、瑞岸恵里香である。九州からのおのぼりさんだった彼女は、その奔放な性格と怪しい方言を駆使して瞬く間に交友関係を広げていった。その中に、特徴のあまりない、その他大勢の地位を確立しつつあったマキも含まれていたのだ。それまでマキはちゃん付けで呼ばれていたが、奇しくも同じクラスに栗木眞紀子という生徒がいた。
「マキちゃんもマキちゃんっち呼ばれよんやろ?」
 恵里香は、方言を抜きにしてもわかりにくい喋り方をする。
「いかんわぁ、それ。まわりくどい」
「まわりくどい?」
「日高マキ……ヒダカマキ……ヒダマキ……」
 という風に、一つずつ文字を抜いていって、最終的にヒマキとなった。グループの女子からはブーイングの嵐だったが、一度定着してしまえば、誰もがそう呼ぶようになったのだった。ちなみに栗木眞紀子はクリマキと呼ばれている。結果として一年三組からは「マキちゃん」はいなくなってしまい、マキはたまにそれを一人で笑っていた。このヒマキというあだ名は、その音の滑稽さも含めてマキにアイデンティティーを与えた。芸人や作家がウケ狙いの芸名をつけるようなものである。
 入学して一ヶ月。五月五日の誕生日、恵里香の企画した「ヒマキ会」に、驚いたことに男子が来た。発起人の恵里香は知らなかったようで、黄色い歓声の中、マキと目を白黒させていた。直後の告白によると、どうやら呼んだのはグループでもリーダーシップを取っていた神崎いろりで間違いない。「ごっめーんなんか来たいって言うから」にしたって、ヒップホップを体現することに臭い汗水を垂らすような動物を呼ばなくてもよいではないか。体現するというよりも、ただストリート系のファッションに身を包んで女の尻を追いかけ回しているだけで、ファッキングレイトなスピリットをライムでもってフロウに乗せている訳ではない。確かにいろりはそういうつながりも持っているし、恵里香が手広く築いたコネの中にも彼らはいる。グループの女子がある種のあこがれを抱いているのも確かだった。しかし高校生の女子が同じ仲間の誕生日を祝う際は男子禁制であるのがこの世代の慣例で、なんの断りもなく、しかも男臭ムンムンな連中をメンツに加えるのはさすがにありえないではないか。まだ男子に対して免疫のなかったマキが、心底楽しみにしていた誕生会に早くも不安を抱いてしまったのは仕方ない。
 繁華街から五分ほど学校に歩けば癸川があるが、その川べりでのバーベキューを主なプランにしたのが失敗であった。誰かの家とかであれば、性別を理由に追い出すことはできる。しかしオープンな場所で、しかもバーベキューとなれば男子生徒の出番であった。
「呼んでよかったっしょ?」と胸を張るいろりに、マキは苦笑いで答えるしかない。実際四人の男子はよく働いた。軍手とタオルを女子から奪い取り、ここぞとばかりに汗をかき、男性ホルモンを振りまいた。本来のメンバーである六人のうち何人かはそれにあてられてしまったらしい。三時間が過ぎてお開きになった頃には、一緒にいなくなっていた。
 残っていたのが灰羽廉治である。
「ごめん、オスばっかで」
 バーベキューセットを片付けながら、廉治はさわやかな笑顔をマキに向けた。色は浅黒く、他の男子とは似たようなファッションでありながら、少しおとなしめな印象を与える。
 恵里香は生ゴミの袋を縛りながら、まだぶつくさと愚痴っていた。主にいろりに対してデリカシーが無いとかそんなものだ。ちなみにいろりは消えたメンバーの一人だった。
「俺もびっくりしたわ。来ること知らないとは思わなかった」
「いいけどね、もう。助かったし」
 すでに日は沈みかけていて、だだっ広い川岸でうろうろする四人を赤く染め上げていた。ゴミ袋を捨てにゆく廉治の背中は、それまでのどう猛さが嘘のように頼もしく、隣で喋っている二人のクラスメートの言葉もいつしか耳に入らなくなっていた。
 要するに、マキもまた、男子の放つ男性ホルモンにイカレてしまったのだった。

 告白したわけではない。
 わけではないが、マキは恋人同士だと思っていた。つるんでいる連中が怖かったのであからさまに声をかけることはなかったが、下校時に偶然を装って廉治の視界に入ったりした。そうすると廉治は廉治で、一人残ってマキと帰ってくれたのだ。何回目かには手もつないだ。夜にはメールを送りあったし、なけなしの無料通話を廉治のために消費した。遊びにもでかけた。行き先はいろいろで、横浜や浅草(ジパングのオリエンタルスピリット)、廉治の家などである。体を重ねたのもそのときだ。初めてだからと顔を伏せたときの、妙に高揚した廉治の声は覚えている。今ではそれは浅ましい欲望の発露であったと思う。
 マキはやっと歩き出した。行き先など知らなかったが、このまま突っ立って奇異の視線を浴び続けるほど愚かでもなかった。とにかく、廉治とは反対方向へ、二度と会わない方向へ行きたかった。
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