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たたっき

 同時刻、ヒマキこと日高マキの張り手が、学校と駅の間にある繁華街で炸裂した。
 本人すら驚くような大きな音が響いて、通りすがりが数人、顔を三人に向けた。
 食らったのは灰羽廉治だった。十五分前まで、マキの彼氏だった男である。その隣には見知らぬ少女。ここまで書けば察しはつくだろうが、今このとき、マキは裏切られたことを知ったのであった。
 廉治はあっけにとられたように口を半開きにしている。隣の少女も驚くほど廉治と似た表情をしている。マキは、むしろ殴った手が痛くて涙を目に溜めていた。
「な……なにこいつ。あっぶね」
 廉治がうめいた。彼の頬にはみみず腫れのような赤い模様が浮かび始めていて、それまで世界一格好良く思えた男の顔を見にくくしていく。
「ねぇ、誰?」
 隣の女が眉をひそめる。廉治とこの女が一緒にいるのを学校で見たことはない。それによくよく観察すると、自分たちとは二つ三つ年上のようだ。マキと趣向の違う派手で露出の多いファッションで、遊び慣れている風である。
「しらねえよ。行こう……クソ、ケチついちまった」
 脇を歩いてゆく二人。マキはそれを見送ることができず、顔を伏せた。くたびれたアスファルトが涙で歪み、野次馬の放つ同情と好奇心と無責任の奔流が耳から入って胸をえぐる。口は固く結ばれているが、怨嗟の言葉が溢れんばかりで、少しでも気を抜けば所構わず叫んでしまいそうだった。
 生まれて十六年。初めての男であった。
 
 日高マキを最初にヒマキと呼んだのは、高校に入ってできた同じく最初の友達、瑞岸恵里香である。九州からのおのぼりさんだった彼女は、その奔放な性格と怪しい方言を駆使して瞬く間に交友関係を広げていった。その中に、特徴のあまりない、その他大勢の地位を確立しつつあったマキも含まれていたのだ。それまでマキはちゃん付けで呼ばれていたが、奇しくも同じクラスに栗木眞紀子という生徒がいた。
「マキちゃんもマキちゃんっち呼ばれよんやろ?」
 恵里香は、方言を抜きにしてもわかりにくい喋り方をする。
「いかんわぁ、それ。まわりくどい」
「まわりくどい?」
「日高マキ……ヒダカマキ……ヒダマキ……」
 という風に、一つずつ文字を抜いていって、最終的にヒマキとなった。グループの女子からはブーイングの嵐だったが、一度定着してしまえば、誰もがそう呼ぶようになったのだった。ちなみに栗木眞紀子はクリマキと呼ばれている。結果として一年三組からは「マキちゃん」はいなくなってしまい、マキはたまにそれを一人で笑っていた。このヒマキというあだ名は、その音の滑稽さも含めてマキにアイデンティティーを与えた。芸人や作家がウケ狙いの芸名をつけるようなものである。
 入学して一ヶ月。五月五日の誕生日、恵里香の企画した「ヒマキ会」に、驚いたことに男子が来た。発起人の恵里香は知らなかったようで、黄色い歓声の中、マキと目を白黒させていた。直後の告白によると、どうやら呼んだのはグループでもリーダーシップを取っていた神崎いろりで間違いない。「ごっめーんなんか来たいって言うから」にしたって、ヒップホップを体現することに臭い汗水を垂らすような動物を呼ばなくてもよいではないか。体現するというよりも、ただストリート系のファッションに身を包んで女の尻を追いかけ回しているだけで、ファッキングレイトなスピリットをライムでもってフロウに乗せている訳ではない。確かにいろりはそういうつながりも持っているし、恵里香が手広く築いたコネの中にも彼らはいる。グループの女子がある種のあこがれを抱いているのも確かだった。しかし高校生の女子が同じ仲間の誕生日を祝う際は男子禁制であるのがこの世代の慣例で、なんの断りもなく、しかも男臭ムンムンな連中をメンツに加えるのはさすがにありえないではないか。まだ男子に対して免疫のなかったマキが、心底楽しみにしていた誕生会に早くも不安を抱いてしまったのは仕方ない。
 繁華街から五分ほど学校に歩けば癸川があるが、その川べりでのバーベキューを主なプランにしたのが失敗であった。誰かの家とかであれば、性別を理由に追い出すことはできる。しかしオープンな場所で、しかもバーベキューとなれば男子生徒の出番であった。
「呼んでよかったっしょ?」と胸を張るいろりに、マキは苦笑いで答えるしかない。実際四人の男子はよく働いた。軍手とタオルを女子から奪い取り、ここぞとばかりに汗をかき、男性ホルモンを振りまいた。本来のメンバーである六人のうち何人かはそれにあてられてしまったらしい。三時間が過ぎてお開きになった頃には、一緒にいなくなっていた。
 残っていたのが灰羽廉治である。
「ごめん、オスばっかで」
 バーベキューセットを片付けながら、廉治はさわやかな笑顔をマキに向けた。色は浅黒く、他の男子とは似たようなファッションでありながら、少しおとなしめな印象を与える。
 恵里香は生ゴミの袋を縛りながら、まだぶつくさと愚痴っていた。主にいろりに対してデリカシーが無いとかそんなものだ。ちなみにいろりは消えたメンバーの一人だった。
「俺もびっくりしたわ。来ること知らないとは思わなかった」
「いいけどね、もう。助かったし」
 すでに日は沈みかけていて、だだっ広い川岸でうろうろする四人を赤く染め上げていた。ゴミ袋を捨てにゆく廉治の背中は、それまでのどう猛さが嘘のように頼もしく、隣で喋っている二人のクラスメートの言葉もいつしか耳に入らなくなっていた。
 要するに、マキもまた、男子の放つ男性ホルモンにイカレてしまったのだった。

 告白したわけではない。
 わけではないが、マキは恋人同士だと思っていた。つるんでいる連中が怖かったのであからさまに声をかけることはなかったが、下校時に偶然を装って廉治の視界に入ったりした。そうすると廉治は廉治で、一人残ってマキと帰ってくれたのだ。何回目かには手もつないだ。夜にはメールを送りあったし、なけなしの無料通話を廉治のために消費した。遊びにもでかけた。行き先はいろいろで、横浜や浅草(ジパングのオリエンタルスピリット)、廉治の家などである。体を重ねたのもそのときだ。初めてだからと顔を伏せたときの、妙に高揚した廉治の声は覚えている。今ではそれは浅ましい欲望の発露であったと思う。
 マキはやっと歩き出した。行き先など知らなかったが、このまま突っ立って奇異の視線を浴び続けるほど愚かでもなかった。とにかく、廉治とは反対方向へ、二度と会わない方向へ行きたかった。
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またまたたたき台

 さて。
 古原小市が、ある種暴挙とも言える行動に出たのは、彼一人の力ではない。
 だいたいは彼の力なのだが、その始めの始め、尾崎雪子を呼び出そうと決意したのは、彼の友人の一押しによる。
 その友人が、今、古原小市が情けない顔で突っ立ってる様を覗いている松行京である。全部見られていた小市。もしこの覗きが露呈するようなことがあれば、事態の引き金を引いたものの責任ゆえの行動であると、どうか寛大な心で許してやるようにと願う。
 京は小学校の頃からの幼なじみであった。このあたりは地方都市なので、小学校から高校まで一緒、というのは割合としては多くない。特に生徒が八百人を超すほどの大規模な学校であるから、同じクラスに所属する確率となればゼロから数えた方が早い。京はどちらかと言えば社交的な方で、ややもすれば引っ込み思案な小市の手をつかんでクラスに馴染ませたりと面倒見もよく、小市にとってはまことに幸運であったというほかない。
 高校に入学して以来なにくれと世話を焼いてきた京だが、もともとの彼の気性とはいえ、そこまでするのは少し異常である。二人があまりに仲がよいので一時ホモ疑惑もたったが、それをまた彼は小市のためにいちいち訂正して回ったのであった。そのせいである種の連中はその疑惑をますます強くしたが、全体的には沈静した。
 もちろん裏があって、今の小市を作り上げたのは、その三割ほど彼に原因がある。前述したとおり小市の対女性恐怖症は生来のものだが、それをさらに強化してしまったあの校舎裏事件は、彼の提案によるものなのである。当時中学二年生だった京は、幼なじみがクラスメイトに惚れているのを知るや、悪友と結託して二人のための舞台作りに奔走した。その結果があのような有様で、小市の奥手っぷりをナめていた京が完全に悪い。それに、多少は野次馬の悪ふざけであったことは彼も後に反省している。本気で殴られかけたし。
 つまり、松行京は小市に対してひけめがある。あのまま放置していたからといって、中学二年生の淡い恋が実ったとも思えないが(なにせ小市であるから)自分が自ら手を下してしまったというのはあまりに酷いオチだ。
 そういうわけで、彼は次の機会にはさりげなく協力してやろうと心に決めたのであった。やり過ぎはよくない、何事も。しかしその前に、小市の人付き合いの苦手さはいかんともしがたい。そのため高校入学と同時、同じクラスになったのを確認した後、ここぞとばかりに小市改造計画に着手したのであった。彼の社交性のなさをフォローし、クラスになじめるようにあらゆる手を用いたのである。その思惑は、今度はハマったといっていい。彼は二年に上がる頃には見事にクラスの一員になっていた。そうでなければ、密かにクラスの隅で固まっているオタク連中に飲み込まれていたかもしれない。そうすると高校での彼女は絶望的だったはずだ。
 二年になって、彼はあることに気がついた。小市が女子に惚れていた。これぞ汚名返上のチャンスだ。京は燃え上がったが、なにしろ彼には前科があるし、しかも相手はマドンナの雪子であった。それが一番つらい点だ。クラスに馴染んだとはいえ小市はやはり地味な方で、女が苦手なのは治っていない。ある種変態的とまで言える京の脳内の『古原観察日記』には、古原小市と尾崎雪子が会話をしたのは数えるほどしかない旨が記されている。隣の席であるのに、だ。
 そこに小市の転校情報である。
 自身のショックも大きかったが、小市への申し訳なさを解消する前にいなくなられるのはごめんだった。なんとしてもひっつける。遠距離だっていいではないか。彼も一組知っているし。
 その第一弾が、これだった。
 めでたく?再度同じクラスになり、五月に入り、小市が学際準備委員を押しつけられたのを知るや彼は行動を開始した。さりげに、である。
 具体的にはなにをしたものやらと困っている小市に、
「そういや尾崎さん、去年準備委員やってたよな」
 と言ってやった。
 そのときの小市の顔は想像に難くないが、ここまで大胆な行動に移るとは彼も予想していなかった。「近づいて話すチャンスがある」と小市が意識すればよかったのだ。そうすれば、小市なりにゆっくり、学際が近づくにつれて、最初は京を仲介して、だんだん二人で、となっていくのが彼のプランだった。
 いきなり崩れた。
 小市は珍しく、京になんの相談もせずに動いた。ホームルームが終わった後、何事か悲壮な決意を秘めた顔で立ち上がった小市が尾崎雪子に声をかけるのを見て、彼は酷くショックを受けたものだった。あまりに衝撃的なことだったので、思わずガールフレンドの扇子木頼音の誘いを蹴ってしまったほどだ。
 教室を出るふりをして三十分。この高校、部活動が盛んなので、全体連と呼ばれる競技合同全国大会が行われる今の時期はあっという間に人がいなくなる。ものの十分で教室は小市と雪子の二人だけになり、ドアの隙間から覗いている京を邪魔するものもいなくなった。
 雪子が立ち上がった時点で、彼はドアから離れて階段を上った。これから部活にいく雪子は階段を下りるはずだし、小市は三階に用があるとも思えない。案の定雪子は、一階へと下りていく。身を潜めて京は彼女を観察する。今までは適当に見ていたが、改めて意識すると、なるほど、かなり、いや絶世の美人だ。少なくとも彼はそう思う。さんざんわかっていたことだったが、少し小市には不釣り合いな気がしなくもない。
(ばかやろう! そういうのじゃないんだって!)
 頭をぶんぶん振って、彼は友人に謝った。釣り合いなど、当人達に取ってみれば全く関係ないことではないか。
 しばらく時間をもてあましたが、小市が出てくる様子はなかった。もしかしなくとも意気消沈しているのだろうが、おそるおそるドアの影に戻った京は、そこで全く打ちのめされてしまった。
 ――見たことのない顔だった。
「ちょっとコクろうと思ったんだけど恥ずかしくて言えなかったぜ、HEHEHE」と言うような、苦笑いを予想していた。
 やはり京には罪がある。
 小市の純情っぷりをナめていた。
 彼がどれだけ勇気を振り絞ったのか、ここに至って、なおわかっていなかったのだ。
 だから、彼は今度こそ心に決めたのだ。
 小市は世界の終わりのような顔をしているが、まだ告白して振られたわけではない。
 だから、チャンスは、ある。

さらにたたき台

 古原小市、終生の大一番であった。
 二年生に進級し、一年の頃からチラチラ様子を伺っていた学年一の美少女、尾崎雪子と同じクラスになり、何の因果か席が隣、その香りのよい肢体と誰よりも接近し、若さ故のリビドーをとうとう保てなくなった六月の放課後。
 九月に控えた学際の準備委員にあてられた小市は、クラスの代表者たる学級委員の雪子に相談があるふりをして、少しばかりの時間を彼のために割いてもらうよう頼んだのだ。
 机をつきあわせて座る二人の他に、教室には人はいない。散らかされたプリントを一枚一枚確認する小市の手は少し震えており、端から見ても緊張の度合いをはかることができる。ニコニコと笑顔を浮かべる雪子の顔をしきりにうかがい、分かり切っている学際の子細についてどもりつつも口にする小市は、この機会を利用して愛の告白をするつもりであった。
 尾崎雪子。美貌、よし。スタイル、よし。生活態度、よし。人気、よし。運動神経、よし。対人対応、よし。少しばかり頭が弱いのが玉に瑕とも言えるが、決して悪い方ではない。ポニーテイルの茶髪は、その長さをたまに注意されることもあるけれど、小市にとっては彼女一番のチャームポイントに思える。シャープペンシルをクルクル回す指は細く可憐で、爪の先まで手入れがゆきとどいている。セーラー服はぱっつりとアイロンがかけられていて、清純な彼女にはとてもよく似合っていた。
 彼女は小市の単純で簡単な質問によく答えてくれた。早く部活に行きたいだろうに、そんなことはおくびにも出さず、懇切丁寧に説明してくれる。彼女が去年、学際準備委員を務めていたことは小市もよく知っている。
 ……実のところ、二人が話し合いを初めて、すでに三十分が経過していた。我ながら話題が尽きないものだと小市は自画自賛していたが、手放しに喜べる状態ではなかったのである。すでにプリントは最後の一枚に達しているし、彼自身、無茶な引き延ばしが雪子にばれてやしないかとさっきから戦々恐々としている。そもそも彼はこんなに時間をかけるつもりはなかった。ムード作りの会話は早々に切り上げ、さくっとクールな笑顔でキメて、彼女を部活に送り届けるつもりであったのが、いざ二人きりとなるとどうにも口が回らず、言うべき言葉は頭の中で熟されていき、度が過ぎて腐食してしまうまでになっている。
 恥ずかしいのであった。
 青い春である。
 
 ついに最後の一文字を読み終えると、小市はおそるおそる雪子の顔を覗いた。
「……どうかな。俺、ちゃんと理解できてる?」
 雪子は笑顔のまま、二度うなずく。長い髪の毛がゆらゆら揺れて、完璧な彼女に少しのユーモアを与えている。
「もちろん。こんなにプリント読み込む人、初めてかもね」
「い、いやあ。学際って一大イベントだし、俺がだいなしにしちゃったらみんなにボコボコにされるから、不安だよ」
 冒頭で示した通り、彼にとっての一大イベントは今である。
「うまくいくって。がんばろうね」
「あ、うん。そりゃあもちろん」
 些細なことではあるが、雪子が「がんばってね」ではなく「がんばろうね」と行ったことが、小市の心に福音のごとく響いた。誰もが楽しみにしている学際であるからして、彼女以外にも「がんばろう」と言ってくれた友人は多かったのだが、そんなことは今の小市にはどうでもいいことであった。なにせ、尾崎雪子の御言葉であるので。
 至福の絶頂に昇った小市は、次の一瞬で絶望的な心境に突き落とされた。「がんばろうね」という神託のもう一つ意味するところは、小市と雪子の二度あるかないかの逢瀬を締める諸刃の剣であるということだった。見よ、麗しき雪子は、机の散らかったプリントを丁寧にまとめ始めているではないか。なにか次の言葉を発さなければ、彼女は無情にも部活へとむかってしまうだろう……しかし、もはや彼には「好きです」以外の発言は許されなくなっていた。なにせ、県大会が近いのである。来週だか、雪子の所属するバスケ部は全国出場をかけて競合の輝光女子と戦う予定だったはずだ。大事な時期に、三十分とはいえつきあってくれたのがまず奇蹟なのだ。これ以上時間を長引かせるのは失礼にあたる。
「あ、あのさ」
 言葉をつなぎたくて、慌てて声をかける小市。
 雪子は彼の目を見て、またニッコリと笑った。
「ん?」
「いや……あ、あ、ありがとう。つきあってくれて」
 それだけ絞り出すのが精一杯だった。
 生来、彼は好きな相手に対しては奥手であった。小学校、中学校と惚れた女子は何人かいたが、その誰にも、胸の内を打ち明けることはできなかった。友人が次々と童貞を捨てていく様を、彼は指をくわえて見ているしかなかった。極めつけの一手が中学二年生のときで、彼は友人達の計らいにより、放課後、校舎裏に目当ての女子と二人で面と向かうことになったが、彼自身も騙され呼び出された形で、相対した二人とも用件を知らず、ぎこちない時間が流れたことがある。結局、他愛ない話と友人らの悪口でその場をやり過ごすことになってしまった。親切もそこまでいけば迷惑というもので、自身の不甲斐なさはもちろんとして、小市はどこかから見ていたはずの友人を恨んだものだ。結果として、彼の女子に対する内気は強化されてしまい、その後、彼は異性に対して表面的なつきあいしかできないようになる。
 といった彼が、なにゆえこのような大胆な行動に出たのか。いや、行為自体は全く大胆ではない。放課後、係の仕事のために、前年の準備委員に話を聞いただけだ。だけなのだが、女子生徒と二人というシチュエーションが、まず彼にとってはありえないことだった。三人以上であれば問題ない。男子だけより口数が少なくなるが、話はできる。二人なのが問題なのだ。まともに言葉がでてこないのである。
 そういうわけで、彼は今日このときを迎えるにあたり三日間ほどシミュレーションを行った。自身の振る話題を考え、想定しうる雪子の返答を全て書き出し、見るだけで頭の痛くなるようなフローチャートをノート一冊分作り上げた。赤文字で添削し、一分の隙もなく台本を作り上げたはずだった。ただ一つ誤算があったとすれば、自身がいかにヘタレであるか気づかなかったことであろう。彼の思惑では、会話が始まって十分頃には本題に入っているはずだった。本来であれば今頃はなんらかの結果が出ていたのだが。
 予定していたはずの会話が全て終わり、彼がどうにかひねり出したのが前述の一言であった。女子と話すのが苦手な彼は、どうしても言葉を紡ぐ際にどもってしまう。女子と話す際にのみ現れる吃音症状だが、女子の前であがってしまい、どもり、さらに恥ずかしくなるという悪循環によるものであると思われる。異性への苦手意識を加速させる原因でもある。
 その彼が発したのであるから、これはもう、覚悟のほどが知れると言ってもよい。
「……」
 彼の気持ちを知って知らずか、雪子は首を横に振ると、
「どういたしまして。また何かあったら言ってね。私も楽しみにしてるから」
 といった。
「成功させようね」
 教室を出て行く雪子の背中を、小市はただ見守るしかなかった。
 全てをなくす覚悟をしていたはずだった。おそらく告白してしまえば、今のような関係ではなくなるはずだ。よくも悪くも、放課後に二人で、という呼び出しに無警戒に答えてくれるのは、異性よりクラスメイトという属性が先んじているからだ。告白がいい結果になればとりあえずは問題はない。しかし悪い結果になれば、今後話す機会があってもどこかよそよそしさを感じることになってしまうだろう。
 いやいやいや、と小市は頭を振った。結果がどうこういうのではないはずだったのだ。玉砕しようが構わないと誓ったはずだ。なによりまず、自分が彼女に恋心を抱いていることを伝えるのではなかったか。あの顔に、笑顔に、心に、恋いこがれる少年が存在していることを伝えるために、今日を計画したのではなかったか。
 誰もいないのが幸いだった。彼の顔は、泣いてこそいなかったが、あまりにも哀れで見るに堪えないものだった。
 なにを悔いても遅かった。
 渾身の勇気を振り絞った最後のチャンスは、玉砕よりも情けない結果に終わったのだ。これから三ヶ月の間に、再び彼女を呼び出すことはできないだろう。今回の失敗は、彼の心に大きな枷を背負わせた。学際のことで話す機会はあるだろうが、あくまで学際の話題についてだ。それ以上の話は、彼には無理だ。
 これが半年あれば、どうにか勇気の再充填に間に合ったかもしれない。
 半年あれば。
 ないのだ。
 古原小市は、学際が終わった後……つまり九月の終わりに、転校が決まっている。




 さて。
 古原小市が、ある種暴挙とも言える行動に出たのは、彼一人の力ではない。
 だいたいは彼の力なのだが、その始めの始め、尾崎雪子を呼び出そうと決意したのは、彼の友人の一押しによる。
 その友人が、今、古原小市が情けない顔で突っ立ってる様を覗いている松行京である。全部見られていた小市。もしこの覗きが露呈するようなことがあれば、事態の引き金を引いたものの責任ゆえの行動であると、どうか寛大な心で許してやるようにと願う。
 京は小学校の頃からの幼なじみであった。このあたりは地方都市なので、小学校から高校まで一緒、というのは割合としては多くない。特に生徒が八百人を超すほどの大規模な学校であるから、同じクラスに所属する確率となればゼロから数えた方が早い。京はどちらかと言えば社交的な方で、ややもすれば引っ込み思案な小市の手をつかんでクラスに馴染ませたりと面倒見もよく、小市にとってはまことに幸運であったというほかない。
 高校に入学して以来なにくれと世話を焼いてきた京だが、もともとの彼の気性とはいえ、そこまでするのは少し異常である。二人があまりに仲がよいので一時ホモ疑惑もたったが、それをまた彼は小市のためにいちいち訂正して回ったのであった。そのせいである種の連中はその疑惑をますます強くしたが、全体的には沈静した。
 もちろん裏があって、今の小市を作り上げたのは、その三割ほど彼に原因がある。前述したとおり小市の対女性恐怖症は生来のものだが、それをさらに強化してしまったあの校舎裏事件は、彼の提案によるものなのである。当時中学二年生だった京は、幼なじみがクラスメイトに惚れているのを知るや、悪友と結託して二人のための舞台作りに奔走した。その結果があのような有様で、小市の奥手っぷりをナめていた京が完全に悪い。それに、多少は野次馬の悪ふざけであったことは彼も後に反省している。本気で殴られかけたし。
 つまり、松行京は小市に対してひけめがある。あのまま放置していたからといって、中学二年生の淡い恋が実ったとも思えないが(なにせ小市であるから)自分が自ら手を下してしまったというのはあまりに酷いオチだ。
 そういうわけで、彼は次の機会にはさりげなく協力してやろうと心に決めたのであった。やり過ぎはよくない、何事も。しかしその前に、小市の人付き合いの苦手さはいかんともしがたい。そのため高校入学と同時、同じクラスになったのを確認した後、ここぞとばかりに小市改造計画に着手したのであった。彼の社交性のなさをフォローし、クラスになじめるようにあらゆる手を用いたのである。その思惑は、今度はハマったといっていい。彼は二年に上がる頃には見事にクラスの一員になっていた。そうでなければ、密かにクラスの隅で固まっているオタク連中に飲み込まれていたかもしれない。そうすると高校での彼女は絶望的だったはずだ。
 二年になって、彼はあることに気がついた。小市が女子に惚れていた。これぞ汚名返上のチャンスだ。京は燃え上がったが、なにしろ彼には前科があるし、しかも相手はマドンナの雪子であった。それが一番つらい点だ。クラスに馴染んだとはいえ小市はやはり地味な方で、女が苦手なのは治っていない。ある種変態的とまで言える京の脳内の『古原観察日記』には、古原小市と尾崎雪子が会話をしたのは数えるほどしかない旨が記されている。隣の席であるのに、だ。
 そこに小市の転校情報である。
 自身のショックも大きかったが、小市への申し訳なさを解消する前にいなくなられるのはごめんだった。なんとしてもひっつける。遠距離だっていいではないか。彼も一組知っているし。
 その第一弾が、これだった。
 めでたく?再度同じクラスになり、五月に入り、小市が学際準備委員を押しつけられたのを知るや彼は行動を開始した。さりげに、である。
 具体的にはなにをしたものやらと困っている小市に、
「そういや尾崎さん、去年準備委員やってたよな」
 と言ってやった。
 そのときの小市の顔は想像に難くないが、ここまで大胆な行動に移るとは彼も予想していなかった。「近づいて話すチャンスがある」と小市が意識すればよかったのだ。そうすれば、小市なりにゆっくり、学際が近づくにつれて、最初は京を仲介して、だんだん二人で、となっていくのが彼のプランだった。
 いきなり崩れた。
 小市は珍しく、京になんの相談もせずに動いた。ホームルームが終わった後、何事か悲壮な決意を秘めた顔で立ち上がった小市が尾崎雪子に声をかけるのを見て、彼は酷くショックを受けたものだった。あまりに衝撃的なことだったので、思わずガールフレンドの扇子木頼音の誘いを蹴ってしまったほどだ。
 教室を出るふりをして三十分。この高校、部活動が盛んなので、全体連と呼ばれる競技合同全国大会が行われる今の時期はあっという間に人がいなくなる。ものの十分で教室は小市と雪子の二人だけになり、ドアの隙間から覗いている京を邪魔するものもいなくなった。
 雪子が立ち上がった時点で、彼はドアから離れて階段を上った。これから部活にいく雪子は階段を下りるはずだし、小市は三階に用があるとも思えない。案の定雪子は、一階へと下りていく。身を潜めて京は彼女を観察する。今までは適当に見ていたが、改めて意識すると、なるほど、かなり、いや絶世の美人だ。少なくとも彼はそう思う。さんざんわかっていたことだったが、少し小市には不釣り合いな気がしなくもない。
(ばかやろう! そういうのじゃないんだって!)
 頭をぶんぶん振って、彼は友人に謝った。釣り合いなど、当人達に取ってみれば全く関係ないことではないか。
 しばらく時間をもてあましたが、小市が出てくる様子はなかった。もしかしなくとも意気消沈しているのだろうが、おそるおそるドアの影に戻った京は、そこで全く打ちのめされてしまった。
 ――見たことのない顔だった。
「ちょっとコクろうと思ったんだけど恥ずかしくて言えなかったぜ、HEHEHE」と言うような、苦笑いを予想していた。
 やはり京には罪がある。
 小市の純情っぷりをナめていた。
 彼がどれだけ勇気を振り絞ったのか、ここに至って、なおわかっていなかったのだ。
 だから、彼は今度こそ心に決めたのだ。
 小市は世界の終わりのような顔をしているが、まだ告白して振られたわけではない。
 だから、チャンスは、ある。


 同時刻、ヒマキこと日高マキの張り手が、学校と駅の間にある繁華街で炸裂した。
 本人すら驚くような大きな音が響いて、通りすがりが数人、顔を三人に向けた。
 食らったのは灰羽廉治だった。十五分前まで、マキの彼氏だった男である。その隣には見知らぬ少女。ここまで書けば察しはつくだろうが、今このとき、マキは裏切られたことを知ったのであった。
 廉治はあっけにとられたように口を半開きにしている。隣の少女も驚くほど廉治と似た表情をしている。マキは、むしろ殴った手が痛くて涙を目に溜めていた。
「な……なにこいつ。あっぶね」
 廉治がうめいた。彼の頬にはみみず腫れのような赤い模様が浮かび始めていて、それまで世界一格好良く思えた男の顔を見にくくしていく。
「ねぇ、誰?」
 隣の女が眉をひそめる。廉治とこの女が一緒にいるのを学校で見たことはない。それによくよく観察すると、自分たちとは二つ三つ年上のようだ。マキと趣向の違う派手で露出の多いファッションで、遊び慣れている風である。
「しらねえよ。行こう……クソ、ケチついちまった」
 脇を歩いてゆく二人。マキはそれを見送ることができず、顔を伏せた。くたびれたアスファルトが涙で歪み、野次馬の放つ同情と好奇心と無責任の奔流が耳から入って胸をえぐる。口は固く結ばれているが、怨嗟の言葉が溢れんばかりで、少しでも気を抜けば所構わず叫んでしまいそうだった。
 生まれて十六年。初めての男であった。
 
 日高マキを最初にヒマキと呼んだのは、高校に入ってできた同じく最初の友達、瑞岸恵里香である。九州からのおのぼりさんだった彼女は、その奔放な性格と怪しい方言を駆使して瞬く間に交友関係を広げていった。その中に、特徴のあまりない、その他大勢の地位を確立しつつあったマキも含まれていたのだ。それまでマキはちゃん付けで呼ばれていたが、奇しくも同じクラスに栗木眞紀子という生徒がいた。
「マキちゃんもマキちゃんっち呼ばれよんやろ?」
 恵里香は、方言を抜きにしてもわかりにくい喋り方をする。
「いかんわぁ、それ。まわりくどい」
「まわりくどい?」
「日高マキ……ヒダカマキ……ヒダマキ……」
 という風に、一つずつ文字を抜いていって、最終的にヒマキとなった。グループの女子からはブーイングの嵐だったが、一度定着してしまえば、誰もがそう呼ぶようになったのだった。ちなみに栗木眞紀子はクリマキと呼ばれている。結果として一年三組からは「マキちゃん」はいなくなってしまい、マキはたまにそれを一人で笑っていた。このヒマキというあだ名は、その音の滑稽さも含めてマキにアイデンティティーを与えた。芸人や作家がウケ狙いの芸名をつけるようなものである。
 入学して一ヶ月。五月五日の誕生日、恵里香の企画した「ヒマキ会」に、驚いたことに男子が来た。発起人の恵里香は知らなかったようで、黄色い歓声の中、マキと目を白黒させていた。直後の告白によると、どうやら呼んだのはグループでもリーダーシップを取っていた神崎いろりで間違いない。「ごっめーんなんか来たいって言うから」にしたって、ヒップホップを体現することに臭い汗水を垂らすような動物を呼ばなくてもよいではないか。体現するというよりも、ただストリート系のファッションに身を包んで女の尻を追いかけ回しているだけで、ファッキングレイトなスピリットをライムでもってフロウに乗せている訳ではない。確かにいろりはそういうつながりも持っているし、恵里香が手広く築いたコネの中にも彼らはいる。グループの女子がある種のあこがれを抱いているのも確かだった。しかし高校生の女子が同じ仲間の誕生日を祝う際は男子禁制であるのがこの世代の慣例で、なんの断りもなく、しかも男臭ムンムンな連中をメンツに加えるのはさすがにありえないではないか。まだ男子に対して免疫のなかったマキが、心底楽しみにしていた誕生会に早くも不安を抱いてしまったのは仕方ない。
 繁華街から五分ほど学校に歩けば癸川があるが、その川べりでのバーベキューを主なプランにしたのが失敗であった。誰かの家とかであれば、性別を理由に追い出すことはできる。しかしオープンな場所で、しかもバーベキューとなれば男子生徒の出番であった。
「呼んでよかったっしょ?」と胸を張るいろりに、マキは苦笑いで答えるしかない。実際四人の男子はよく働いた。軍手とタオルを女子から奪い取り、ここぞとばかりに汗をかき、男性ホルモンを振りまいた。本来のメンバーである六人のうち何人かはそれにあてられてしまったらしい。三時間が過ぎてお開きになった頃には、一緒にいなくなっていた。
 残っていたのが灰羽廉治である。
「ごめん、オスばっかで」
 バーベキューセットを片付けながら、廉治はさわやかな笑顔をマキに向けた。色は浅黒く、他の男子とは似たようなファッションでありながら、少しおとなしめな印象を与える。
 恵里香は生ゴミの袋を縛りながら、まだぶつくさと愚痴っていた。主にいろりに対してデリカシーが無いとかそんなものだ。ちなみにいろりは消えたメンバーの一人だった。
「俺もびっくりしたわ。来ること知らないとは思わなかった」
「いいけどね、もう。助かったし」
 すでに日は沈みかけていて、だだっ広い川岸でうろうろする四人を赤く染め上げていた。ゴミ袋を捨てにゆく廉治の背中は、それまでのどう猛さが嘘のように頼もしく、隣で喋っている二人のクラスメートの言葉もいつしか耳に入らなくなっていた。
 要するに、マキもまた、男子の放つ男性ホルモンにイカレてしまったのだった。

 告白したわけではない。
 わけではないが、マキは恋人同士だと思っていた。つるんでいる連中が怖かったのであからさまに声をかけることはなかったが、下校時に偶然を装って廉治の視界に入ったりした。そうすると廉治は廉治で、一人残ってマキと帰ってくれたのだ。何回目かには手もつないだ。夜にはメールを送りあったし、なけなしの無料通話を廉治のために消費した。遊びにもでかけた。行き先はいろいろで、横浜や浅草(ジパングのオリエンタルスピリット)、廉治の家などである。体を重ねたのもそのときだ。初めてだからと顔を伏せたときの、妙に高揚した廉治の声は覚えている。今ではそれは浅ましい欲望の発露であったと思う。
 マキはやっと歩き出した。行き先など知らなかったが、このまま突っ立って奇異の視線を浴び続けるほど愚かでもなかった。とにかく、廉治とは反対方向へ、二度と会わない方向へ行きたかった。

たたき台

 僕のポケットには、一枚のハンカチが入っている。
 クリーム色の柔らかい素材で、右下の隅に花の刺繍が入った可愛らしい代物で、もちろん、僕のものじゃない。
 女子高生のものだ。
 今日、初めて会った女子高生の。
 ……いやいやいや、実を言えば会ってすらいない。すれ違っただけだ。
 すれ違って、その匂いというか雰囲気というか、僕の気を引く魔力的なものを感じて振り返ったとき、彼女が落としていたハンカチだ。
 なぜ彼女がハンカチを落としたのかはわからない。なぜ落としたことに気づかなかったのかもわからない。ものをなくすってのは、得てしてそういうものだと思う。
 ちょっと捻くれた言い回しをすると、運命みたいなもんだ。知らないうちになくなっているものは、なくなるのが決まっていたんだ。
 東京のとある女子高生がハンカチを落とすのが運命なら。
 そう。
 それを僕が拾ったのも運命であっていいはずだ。

 運命に従って、僕は彼女の後を追った。
 JR埼京線。ここから導き出される「居住は埼玉県」という結論。僕は多摩市に住んでいるから反対方向といって差し支えない。
 帰宅ラッシュにもみくちゃにされながら彼女を観察する。目につくのは制服。あの輝光女子のものだ。中高一貫のお嬢様私立で、清廉な校風に高い進学率、そして美人多しの「天使の花園」である。僕の胸は否応なく高まる。このハンカチの持ち主が、僕の運命の相手が、輝光女子の高等部で、なおかつ類い希なる麗しさとくれば平静な方がどうかしている。
 彼女はこのラッシュの中、驚くべきことに座席を確保していた。いや埼京線が初めての僕でも一見してわかるテクニック。多分に運が絡まることは前提だけれど、たとえば渋谷から乗れば、新宿、池袋で大規模な入れ替えがある。車両の中身が半分はかわると言ってもいい。その入れ替えの隙をつけば、座ることはあまり難しくない。

 制服から目をそらせば、まずきれいにそろったボブの茶髪を見ることになる。柔らかな髪の毛が包んだ顔は人形のようで、長いまつげが瞬きに会わせてぱちぱちと動く。すらりとした輪郭は首をたどって無理なく制服の中に消えていき、外からはかろうじてやせ気味の体型がわかるのみだ。少し短めのスカートからはやっぱり細くて白い足が出ていて、ニーソックスを纏って小ぎれいな黒い靴に刺さっている。全身がわかりやすい美しさだ。
 きっとナイスバディとは言えないな、だがそれがいい、と一人でうなずく。清楚であれば貧乳であるのが世の真理というものである……一度松行とケンカになった。あのおっぱい星人め、何かにつけ巨乳とほざく。この世にはTPOってのが頑として存在するというのに!
 閑話休題。さて、彼女は本を読んでいた。遠目だし揺れてるしそもそも小さいしでタイトルはわからないが、あんまり厚くない。開いてるページは字が多いようで黒い。それとも講談社文庫だから字がでかいのだろうか? 判別がつかないのでこれ以上の考察は無意味だが、僕も本は好きだ。電車で読むくらいには好きだ。最近はぷりけつ(「ぷりぷりしてるけど決して怒ってるんじゃないんだからね!」著:海島ユキト)とかどかん(「どかんなう-円筒形少女-」著:BUKIBEKKI)とか。まさか彼女がラノベなんか読んでないだろうけど、どうであろうとも共通点には違いないのである。
 赤羽を過ぎて、電車はしばらく止まらないようだ。彼女を見失う心配もないので僕はケータイを取り出した。なにって、もちろんつぶやきコミュニティ『Links』だ。最近はやってる、あのゆるーいコミュニケーションの。

『Backyoum 最強線なう。人がゴミのようw』

 瞬く間に返事が返ってくる。

『Origoto @Backyoum なぜ乗ってるしw生息地反対だろwww』
『DACHiYAN_2nd Backyoumが旅に出た件』
『Rekisan 突発さいたまオフ開催予定ノシ RT@Backyoum 最強線なう。人がゴミのようw』

 思わず口元がゆるんでしまって、あわてて手で隠した。

『Backyoum オフの暇ない。ストーキング中w』
『Rekisan 通報シマスタ RT@Backyoum オフの暇ない。ストーキング中w』
『DACHiYAN_2nd RT@Backyoum オフの暇ない。ストーキング中w』
『Palpotoooo RT@Backyoum オフの暇ない。ストーキング中w』
『MatsuyukiKosuda RT@Backyoum オフの暇ない。ストーキング中w』
『BacKyoum おいやめろ。早くも俺の人生は終了ですね』

 このくらいの冗談は日常茶飯事だ。まあ今回はガチなんだけど、誰も本気にしやしない。フォロワーが全力でRTしてるけど放っておく。なにしろ、彼女が席を立った。
 人の雪崩れに乗って電車を出ると、武蔵浦和駅だった。初めて降りた駅だ。見失ったらことだと、人混みでも目立つ制服を追って階段を下りる。武蔵野線と乗り合わせがあるようで田舎のくせに人がやけに多い。彼女はケータイを覗きながら歩いているが、不思議なことに誰ともぶつからない。
 彼女を追って、駅下のコーヒーショップに入った。彼女から少し離れた席に座る。ちょうど暗くなってきたこともあって、ガラスに彼女が反射して見える位置。
 彼女は紅茶を置いたまま、ずっとケータイを弄っている。メールだろう。とりあえず注視し続ける必要もなくなったので、僕もケータイを取り出した。

『DACHiYAN_2nd ガンダムカフェなう』
『MatsuyukiKosuda Backyoumはそろそろ大宮に到着するころ。待ち伏せしてやろうずw』
『Motaripo 【急募】使用済みパンツ』
『Palpotoooo 【救護】RT@Motaripo 【急募】使用済みパンツ』

 さっきの冗談に信憑性を与えるため、以下をつぶやく。

『Backyoum もう電車おりてる。俺の嫁は補足中。お前らカムフラよろしこw』

『Rekisan Backyoumがもう引き返せない件』
『MatsuyukiKosuda @Backyoumまて早まるな俺もいく』
『Qchan @Backyoum え? マジなの?』
プロフィール

星野ボウフラ/初緑

Author:星野ボウフラ/初緑
いろんなモノを目指しすぎて何をすればいいのかわかりません。とりあえず今やらなきゃいけないことを全部ほっぽり出して寝ます。

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